赤みが薄い今年の紅葉

再び日差しを浴びた。しかし日照時間も限られていて、日が陰ると寒くて座ってもいられない。籠り部屋から出て序にWIN8.1で音が出なかったモニターからもう一つのモニターに接続して状況を見てみる。問題がなさそうだ。ドライヴァーの関係かもしれないが、よくわからない。

森の中も、どうもブドウへの酸の乗り方と同じで、夏の間の朝晩の冷えは殆ど意味がなくて、最終段階で冷え込まないといけないのだろう。2018年産はその意味からあまり期待できない。

リガからの放送を聞いた。本当に分からないのはモノラルでストリーミングを続けているとこで、もうこれは技術とか云々の問題ではなくて、ただ単に人為的な問題のような気さえする。モノラルとステレオにしても一体どれだけの容量が増えるだろうか。要するに細かく処理するパーソナルが居ないということだろう。しかし通常の放送がFMでモノラルということはないのでステレオをモノラル化しているとしか思われない。一体どれほどの経費削減になっているのだろう、ありえないことである。

それでもマルティマイクロフォンで収録しているので細かなところまで分かり、ツィンマーマンの協奏曲も、マーラーの交響曲も詳しく聞けるが、とくに後者は楽譜を見て見なければいけないバランスの箇所が頻出して、一々根拠を探していかなければいけない。アンドリス・ネルソンズに比較するとキリル・ペトレンコのマーラー解釈の方がまるで演奏実践を踏襲しているようなところもある。しかし両者の指揮演奏実践に共通しているのは、グロテスクから抑制の効いた楽曲展開がはかられているところだろうか。ゲヴァントハウス管弦楽団の力を出し切るような指揮ぶりが今後を期待させるもので、写真等を見るとリガでは第一プルトにズスケ氏の息子さんなどの顔が見えた。しかしようやくネルソンズが方方の楽団員から請われる意味が分かった。各々の音楽をやらせてくれるからということだ、そうした自由度は技術の賜わりものであり、楽員経験のなせるものなのだろう。革新的な芸術を追い求めるのでは無い、保守的なヴィーンやゲヴァントハウスの楽団にはこの人以上の適任者はいまい。

籠り部屋のモニターのスピーカーのWIN8からの出力が7出来ない。LINUXでは問題がない。しかし新しい方のモニターでも問題はない。恐らく、プロトコールか何かの関係なのだろうが、皆目分からない。SSDで新しいシステムを立ち上げても変わらないのではないか。モニターのスピーカーは音質が悪いのでそれほど拘らないが、少し気になる。

こうした可能性を見るにつけウィンドーズを使っているよりもLINUXに完全に乗り換えた方が高音質録音が出来ると思うようになった。データーベースなどもウィンドーズには取り柄がないとすると、次のPCでWIN10へ移行するかどうかが分水嶺となる。

参照:
寸寝かさなければ 2018-10-15 | ワイン
再び240GのSSDを発注 2018-11-02 | 雑感
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